クリニュアンクール 骨董市の旅

12月17日 7:30福岡発 9:30成田着 11:30成田発ローマ行きが最初から遅れた。出発が12:30、いかにもイタリアらしいと言うべきか。

そもそも本当は成田発パリ行きであった。しかし旅行社の不手際でローマ経由パリ行きになったのである。余計に時間がかかるのである。

まあ、ヨーロッパは初めてであるので我慢してローマ行きに乗り込んだ。1時間遅れの12:30成田を出発した。乗客は満員であり混雑した。その後2時になり昼食がでた。昼食の内容にしてはまあまあである。

アリタリア航空なので機内は当然イタリア語、英語であり勿論日本語はない。何もすることがないので新聞を読むか、トイレに行く位である。7時に夕食らしきものパン1つ、ジュース1杯である。なんと粗末な夕食である。これでは腹が空いてたまらない。バッグの中の菓子を出して食べる。一眠りして10時過ぎに夜食が出た。パン食中心のメニューである。

しかし夜中なのでそんなに食べきれない。やっと12時頃ローマに着いた。ローマに着いてすぐトイレに行った。そのトイレは男子専用であるが1つの広さは日本の女子トイレより広い個室の男子トイレである。数が多くないので並んで順番を待つ。外国ではあるが言葉は通じなくても手振りで身振り自分の番を示している。

そこを出てローマ空港第2ターミナルへバスで移動。ローマ出発して2時間でパリに到着した。パリ空港に着く10分前にはエッフェル塔が電燈で赤々と飾られてそれは美しい形をしたエッフェル塔であった。

ホテルに着くとカバン、ボストンバッグは歩道に置かれたままである。ポーターがホテルの部屋までの約束であったが勤務時間が終わったので路上において帰ったのである。

ホテルに着くや旅の疲れのため熟睡する。

2日目午前中はパリ市内観光、午後はフォンテーヌブロ城とバルビゾン半日観光、3日目午前中パリ市内で買い物、午後ベルサイユ半日観光で日が暮れた。5時でもう暗い。パリの夜明けは8時、夕暮れは5時である。

このツアーは朝食は付いているが昼食、夕食は各自で調達することになっている。昼はパリ市内で食事を済ますが夕食は近くのマーケット、<コンビニはない>で買ってホテルの部屋で済ませる。この日も近くのマーケットに行ったのであるがパリ市内の人達は道路横断の仕方は無茶苦茶である。青は当然進めであるが黄色、赤でも車が10m先であればほとんどの人が信号を無視して横断する。広い道路のときはその道路の真ん中で車が通過をするのを待つのである。最初はその人達につられて私も横断したがこれは本当に危ないと感じて赤の横断はやめた。さすがに子供連れの母親はちゃんと信号を守っていた。その他若者、大人はほとんど信号を無視して横断している風景はパリ独特であろう。<人間は機械に支配されない>という所らしい。

さて観光の最終日12月20日は私が待ちに待ったクリニャンクールの骨董市である。まずホテル近くのイタリア広場駅ヨリオペラ座で乗り換え4番線の最終駅クリニャンクールに到着、駅より10分の所から蚤の市、骨董市はある。行けどもいけども同じような店が沢山ある。

さて一番目の骨董店は女の人ひとりが番をしていた。その商品の中に日本の招き猫を売っていたがそこを素通りして二番目の店に向かった。

そこは老夫婦がおりコーヒーを出してくれたが買うものがなかった。それでも親切に骨董市全体の地図をくれあれこれ案内してくれた。

まずパリ市内を観光する上で一番考えておかねばならないこと、それはトイレである。大通りにはトイレがあちこちにあり広さは1坪位の大きさでもちろん有料である。お金を入れトイレに入ると10分で自動でトイレの扉が開くと聞いたので日本人は誰もトイレの利用する人がいなかった。店で品物を買ってもトイレは借れないのである。

わしたち夫婦は骨董市のときはどうするか考えた。骨董市全体の地図を仕入れたときトイレの位置を確認し、その回りの骨董店を見学しそのトイレの位置に戻るのである。

そこのトイレの料金は0.35ユーロである。トイレの前の皿に入れてそこを利用するのである。女の番人がいるので二人分0.70ユーロを入れて利用した。

3番目は多くの家具があったが店の隅にウオーターマンの万年筆があった。中を見ると壊れていたが少し修理すれば使用できると思い15ユーロで買った。(1ユーロ136円)
両替はあちこちで見たが成田空港の両替が一番率がいいと思う。

4番目は雑貨店で万年筆はほとんど中ゴムが駄目な商品ばかりであったがその女店員はなんと日本人であった。日本語を話せてホットした時間であった。
(RuePaul BERT Allee1 128番地)

5番目はその店の隣であったが店頭にある商品は壊れていてたいしたものはない。1本50ユーロというのでノーと答えたらそちらの買値を書けというので5ユーロと書いたら怒って店の中へ入ってしまった。でも日本で買ったら500円から1000円のものである。

6番目は万年筆専門店である。親切な女店員で次から次へと万年筆の説明をしてくれる。しかし言葉が通じないので万年筆の専門誌を見ながら解説してくれた。200本以上ありその他万年筆のポスターが5,6枚貼ってあった。ここではオノトの繰り出し式万年筆を1本購入した。
(Marche MICHELET Allee8 179番地)

7番目は60代のお婆さんであるが奥に座っていてそこから出てくる気配がないここはインクビンが100個以上、万年筆が100本位、そのうちシェファー50本は占めていた。
(Marche VERNAISON128b番地)

この日はあいにくの曇り空。午後になり雨が少し降り出し妻が寒い寒いと言い出したので、ホテルに向かった。帰る電車に乗ると男性歌手が乗り込みマイク片手にシャンソンを歌いだした。ひとつ駅の間で歌が終わり、次の駅で降り隣の貨車に向かいそこで歌い、同じことを繰り返すのである。

パリの地下鉄の料金はどこで降りても改札口を出なければ一律1ユーロ30セントである。何回乗り継いでも構わない。そして駅にはトイレがないのが普通である。

パリのホテルでもパリ高島屋でもそうであるが、日本と違うところは階の呼称が違う。

ホテル
B1下
0階
1階
2階
デパート
B1下
地上階
1階
2階

上記のように表記されている。日本の5階がパリでは4階である。0の概念がここで生かされているのであろうか。日本で階段を数えるときは1段、2段、3段……と数える。なぜデパートを上がるときは1階、2階、3階……と数えないのか。今考えると0を入れた考えが日本では遅く入ってきたのか、ばらばらなのか。

これでパリの観光は終わり、あとは日本に帰るだけである。ローマ空港に降り日本行きの飛行機に向かうゲートでは厳しいパスポートの検査が待っていた。ゲートでの検査は長蛇の列である。ここで検査官が一声叫んだ。「ジャパン」この声で日本人だけがサットその声のゲートに向かいスムーズに流れ出した。日本人に対してはどんどんスタンプを押していく。何も聞かない。二人だけが他のゲートにいたので20分遅れた。日本のパスポートは世界では信用されているとのことです。成田に到着しさらに羽田空港に向かう。

バスの名前がリムジンバス、<名前がよすぎるのでは> ただのバスなのに。

最後に福岡でお世話になった添乗員に一言。

「飛行機は4回乗りましたが4回とも翼の所でした」

添乗員

「翼がないと飛行機は飛ばないのよ」

(二宮 雅晴)

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